サイヤクをあたえても

　頭をなでられている。
　さわさわと優しくなでられている。
「きょうはなー」

　ゆーいちは、いつものようにあたしのことを抱き、今日起こったことをあたしに話かける。
　話しながら、ゆーいちはあたしをなで回す。

　なんども、なんども。

　その声はいつも嬉しそうで、あたしをなで回す手は、いつも優しく温かかった。

　それは、いつも優しかったが、さわたりまことの話をするときに、特に優しかった。
「まことさんはなー」
　さわたりまことの事を話すときは、ゆーいちはとってもうれしそうで。
「まことさんてばなー」
　さわたりまことというものが、ゆーいちの中の「トクベツ」なんだというのが、あたしにもよくわかった。


　さわたりまこと


　この言葉は、いつしかあたしの中でも「トクベツ」になっていた。
　だって、その言葉が口から出るときのゆーいちは、本当に本当に温かったから。

　いくつか太陽が昇り、月が昇りを繰り返す中で、あたしは、ずっとゆーいちと一緒にいられるものだと考えていた。
　でも、そんなあたしの想いは、ゆーいちの裏切りで終わりを告げた。
　ある日、ゆーいちはあたしを丘に連れてきていた。

　そこはあたしが以前住んでいた場所で、ゆーいちと出会った場所。

「げんきにくらすんだぞっ！」
　そう言うゆーいちの目から涙がこぼれていた。
　あたしはなんでゆーいちが泣いているのかわからず、首をひねりながら、ゆーいちをじっと見つめていた。
　ゆーいちはなんどもなんども、涙をその手でぬぐっていた。
　そしてしばらくすると、ゆーいちはじゃあなといいながら、どこかへ行ってしまった。
　ゆーいちがあたしの元からいなくなるのは、よくあることだった。
　ゆーいちは、いつもしばらく間どこかへ出かけて、またしばらくするとあたしの元へとやってくるから。
　だから、あたしはゆーいちがどこかへ行ってしまうことについてなんにも考えていなかった。
　あたしは、いつものようにゆーいちが来るまで遊んでいようと思い、久しぶりの外を思い切り楽しんだ。


　やがて日が沈み、夜が訪れる。あたしはゆーいちと別れた場所で、じっと、ゆーいちが来るのを待っていた。


　おなかがすいた。

　いつもだったら、ゆーいちが何か持ってきてくれるのに。狩りに失敗しているのだろうか？
　丘に吹く風は、あたしが遊んでいたときと変わらないはずなのに、なぜだか妙に冷たく感じた。

　寒かった。
　ゆーいちの「手」がほしかった。
　だから、あたしはゆーいちを求めて、なんどもなんどもゆーいちの名前を呼んだ。

　ゆーいち……。

　ねえ、ゆーいち……。

　どうしたの？　ゆーいち……。

　寒いよ　ゆーいち……。

　呼んでよ。ゆーいち……。

　抱いてよ、ゆーいち……。

　ゆーいち……。

　ゆーいち……。



　挫けそうなときには、さわたりまこと。
　その言葉を繰り返した。
　さわたりまこと。それは、ゆーいちが優しくなった言葉だから。
　この言葉を繰り返していれば、ゆーいちがすぐにでもやってきて、またあたしをなでてくれる。
　温かい手で触れてくれる。そう思って。


　寒いよ。

　さわたりまこと。

　呼んでよ。
　
　さわたりまこと。

　抱いてよ。
　
　さわたりまこと。

　会いたいよ。

　さわたりまこと……。

　ゆーいち………。

　さわたりまこと……。

　さわたりまこと……。

　さわたり まこと……。

　さわたり　まこと……。



　あたしは、その場所で待ち続けた。
　太陽と月が何度も何度も上り下りを繰り返し、やがて、空から白いものが落ちてくる。……それは雪。冬の到来。

　丘がどんなに吹雪いても、あたしはそこで待っていた。ゆーいちがくることを信じて。

　やがて、雪がやみ、草木が芽吹く。……春の訪れ。

　季節が変わっても、あたしはずっとそこにいた。ゆーいちがくることを信じて。

　そして、セミが鳴き、丘の木々が赤くなって、空から白いものが落ちてくる。それでも、あたしはずっとその場所で待っていた。

　でも、ゆーいちはやってこなかった。どんなに長い間待っていても、ゆーいちはあたしの元にやってこなかった。

　季節が何度変わろうとも、ゆーいちはやってこなかった。


　季節が何度も変わるうちに、あたしの中にあるゆーいちに対する気持ちが、次第に何かを形作っていった。

　でも、それがあたしにはそれがなんなのか、わからなかった。
　あたしが思うことは、この気持ちをゆーいちに伝えたい。
　ただ、それだけだった。

　でも、どうやって？

　ゆーいちがあたしをこの丘に置き去りにしてから、５回目の冬。あたしは待っていることをあきらめた。ゆーいちがあたしの元にやってこないから。
　やってこないなら、こっちから会いに行く。そう考えてゆーいちに会いに行く方法を探し回った。
　丘にいる仲間たちに、ゆーいちに会う方法を聞き回った。

　あたしはやがて、一つの方法を聞き出した。
　それは、命をかけた妖術。人間に「サイヤク」をあたえるという禁呪。
　あたしはこの方法を知ったとき、本当に本当に嬉しかった。
　「サイヤク」。それが意味するものがあたしにはよくわからなかったけど、ゆーいちにまた会えるなら、この気持ちを伝えられるなら、ゆーいちに「サイヤク」をあたえてもかまわない。そう思った。
　だって、あたしがゆーいちに会うにはこの方法しかなかったから………。

　あたしがどれだけ、太陽が昇り月が昇るのを見たかを、ゆーいちに直に伝えることができるから。


　とある冬の日。ゆーいちがこの街に来たのを匂いで感じたあたしは儀式を行った。
　儀式につきあってくれたのは、妙な訛りのある口調でしゃべる猫。

「やめるんなら、いまのうちやで？」

　猫のさいごの引き留めに、あたしは首を横に振った。

　そして、儀式が執り行われる。あたしの命と記憶を「にえ」にして。


　そして………。



「やっと見つけた……………あなただけは許さないから」



　To be continued Sat Jan 9 1999.

あとがき

どうも、初めての人は初めまして、２回目以降の人はお久しぶりです。琴吹です。
今回は、お題提示前に考えたことは真琴で行きたい。ただそれだけでした。
前回の、「鍵」の時も真琴で行きたかったのですが、真琴で鍵を扱う事は自分には難しく、そのときは「玄関」とのからみで、あゆにしました。
で、今回は「手」ということで、やっと真琴を扱うことができました。
とりあえず、PS4参加作品で、すべてのヒロインで参加することができたのでひとまずほっとしています。
今回はお題と言うより、真琴が難しかったです。
自分は真琴苦手だなと、書いていてつくづく思いました。
何とかがんばって、たどり着いたのがプロローグ。この後、実は真琴が帰還していたと話をつなげ、PS4初の18禁作品を目指そうかという誘惑もあったりなかったり。
PS4ではいろいろな形態の作品を書くことも、目標にしてますので、もしかしたら、そんな作品で参加することもあるかもしれません。
ヒロインがようやくコンプリートできたので、次回参加するときは北川とか久瀬とかで参加しようかな・・・。
男性陣は情報なくて、厳しいのですが。


改めまして、ここまで、読んでいただき、ありがとうございました。