チョコレート？それとも違うのがお好きですか
栞と二人で並木道を歩いていた。
ここで俺とあゆが、栞に出会ったんだ。
あゆ、どこへ行ったんだろう？
あの時の栞は自殺を決意していたという。
自殺。自分を殺す。スーアサイド、だっけ？英語でも、自分を殺すという意味だ。
英語でも、日本語でもいいが、絶対にやっちゃいけない事だよな。
「祐一さん！」
そう言って笑顔を向ける栞。
特に深い昔の思い出とか、そんな物は必要ない。
例えば、従姉妹で幼馴染だとか、そういう事が、付き合う理由じゃなくて・・・
ふと気づくと、彼女は奇跡的に乗り越えた最後の夜から、見違えるほど元気になった。
「あの、ね。折角の並木道だから、歩くだけってつまらないです」
「俺は栞を見ているだけで面白いぞ」
「そんな事言う人、嫌いです」
「冗談だ。栞を見ているだけで幸せだぞ」
「そんな事言われると、照れちゃいます」
ホントに、いい笑顔をする子になったなぁ。
季節は春から初夏に入りかけで、陽射しがやや強い。
栞はくすっと笑って言う。
「アレ、やりませんか？ジャンケン」
「え？ジャンケン？」
「ええ、パーで勝ったら、パイナップルって数えて、敷石を進むんです」
「そんな遊びがあったなぁ」
無邪気な楽しみ、それ位はいいかな、と俺は思った。
「それでね、祐一さんっ」
「おうっ」
「私が勝ったら、何か奢って下さい」
「何かって、何がいいんだ？」
ちょっと首をかしげる栞は、やはり普通に可愛らしい素直な子だ。
「そうだ、勝った時の言葉に関係ある物をプレゼントってどうです？」
瞳をキラキラと輝かせながら提案する少女。
ＮＯなんて言えるわけがないな。
「よーし、それじゃこの散歩道の終わりまで勝負だな」
「うふふ、負けませんよ」
「ベストを尽くすさ」
「グーは会社名の商品名、パーはパイナップル、チョキはチョコレート、ですよ」
「オッケー、それでいい」
そして始まる、他愛ない勝負。ただしグーはお互いに出さない。
不利なのはわかり切っているんだから。
「あいこ」か、「チョキで勝ち」かの、勝負で進む。
なかなか、相手の考えを読むのが難しい。
「はいっ、ちよこれいと！」
「よぉし、ちよこれいと！」
これの繰り返しでほとんど差が出ないまま、ゲームが進んでいく。
もちろん二人とも同じ時も多いから、ゲームは進んでも、散歩道はとても長く遊べる。
こういう、栞との楽しみ方もあったのか。
どうせチョコレートで勝って、チョコレートの入ったアイスのパフェだ。
財布を確認してみる。二人分のパフェかぁ、うーん、難しいなぁ。
「祐一さんっ、あと四分の一でおわっちゃいますよーっ！」
「どうあっても、勝ってやるからな」
言い返したが、自信がない。
もっとも、俺は勝っても負けても、アイスを奢ってやるつもりでいた。
「ジャンケン、ポーン！」
澄んだ栞の声がとても綺麗に響いた。
健康になって、本当に良かったな、そう、心の底から思ったら陽射しのせいにして泣きたくなった。
「なんだ、あいこかぁ」
「あーいこで、しょ！」
当然、栞はチョキでの勝ちだった。
「えへへ、お先に。ちよこれいとっ！」
「よぉし、じゃーんーけーんー、ポンっ！」
少し距離が離れたので、間延びして叫ぶ事になってしまった。
俺の勝ちだった。
「ちよこれいとっ、とぉ」
かなり進んだ。
あと六枚、敷石が残っている。
栞はどっちを出すんだろうか、と考えた時、ちょっとズルいイタズラを思いついた。
「栞？勝った方が負けた方から、その時の勝った言葉の物を貰える、そういうルールだよな？」
「ハイ、覚悟して下さいよ。ふふふ」
「よぉーし、勝負だっ」
二人は並んでいた。
残るは六枚。
「じゃーんけーん」
と俺が言う。
「ポンっ！」
と栞が言い、チョキを出す。
やはりチョコレートパフェ狙いだったか。
俺が出したのは、グーだった。
「そんなのでチマチマ進んでもダメですよぉ」
「そっか？じゃ進むぞ。ぐ・ん・ぜ・の・ぱ・ん・つ、っと」
社名と商品名で「グ」から始まる長い言葉を思いついたから使ってみた。
「ほら、散歩道、踏破、俺の勝ちっ」
振り向くと、栞が真っ赤な顔をしてうつむいていた。
あ、あれ？何かまずい事でも、いや確かに元のルールでの言葉とは違うけど。
「Ｈ」
はて、どういう事だろう？
「何で、祐一さん、今日の私の下着を知ってるんですかっ！それも欲しがるなんて」
え！ビンゴだったの？
「わかりました、ルールですから、ちゃんと私の下着をあげますけど、ここじゃちょっと」
待て、栞、それは偶然だっ。
「あの、今日はみんな出かけているからウチに来て下さい、この公園を横切った先だし」
いや、そうじゃなくて、そりゃ確かに嬉しいが、今日でなくても良くて、
「覚悟を決めました」
そばに来た栞が耳元でささやいた。
「祐一さん。優しくして下さい」
おいおい。
「年下の、ちょっと病弱な女の子が勇気を出したんですよっ！」
だから、俺はそんなつもりじゃ・・・
栞は腕をからめ、よりかかって来た。
そして公園を二人で横切り、彼女の家に着く。
部屋に招き入れられたので、栞の勉強机の椅子に座って、考え込んでいた。
「ハイ、祐一さん。これがさっきの賞品です」
少し泣きそうな、そして何か決意した表情で、栞はスカートをめくりあげた。
外出の時、身体を冷やさない様にだろう、本当にさっき俺が言った銘柄のパンツだった。
しかし、断じて、俺は彼女の下着が欲しかったんじゃないし彼女は好きだけど、彼女が欲しくてというのでも…
ダメダ、言い訳はやめよう。
こうなったら相沢祐一、男として責任を取ろう。
責任と合わせて、写メも撮ろうかという気がしたがそれはやめた。
「うん、見たからいいよ」
そう返事をする。
「プレゼントっていう約束ですから、プレゼントします」
おいおい、俺はそういうんじゃないんだってば。
「脱ぎますけど、あまり近くで見ないで下さいね、そんな事したら嫌いになります」
栞は、そのまま少しずつ、パンツを下げはじめる。
目が離せない、離そうとするけれど、どうにも、ガマンできず、見つめてしまう。
あーあ、失敗だった、かな？
「はい、これ、受け取って下さい」
今まで栞がはいていたパンツ。
しかも脱いだ姿は、ああっ、保温のパンツだから下に別のパンティを穿いていて欲しかったのにっ！
モロにあの部分と、あまり密集して生えてないのを見てしまった。
「あの、栞？」
つかつかと、パンティなし、スカートと上着の栞が近づき、俺の膝に横座りに腰掛けた。
「んくっ」
彼女から、俺の首に手を回し、可愛く接吻。
「このまま、ちょっとだけ優しくしていて下さい。そうでないと嫌いになります」
嫌われるのは困るが、このままでも、男としては困った状態になるのだが？
しばらく栞の細い体を抱きしめ、好きなだけ接吻を受けた。
ああっ、たまらんっ、どうすれば良いんだぁ、こんな場合は？
「今日は誰もいません」
は？
「ベッド、空いてます」
はい？
「私の看病が出来る様に、大きいベッドだから、サイズは大丈夫なんです」
だから、何が大丈夫だって言うんだよぉ〜！
しかし、細い身体が密着し、甘い香りのする髪が俺の顔をなで、可愛い胸が触れると…
俺はもう何も考える事はなかった。
いいんだ、俺は栞が好きなんだ。
彼女の繊細な気持ちが好きなんだ。
彼女の健康な身体も好きになって良いんだ。
そこまで彼女は回復したのに、ここで拒絶したら、彼女の回復を認めない事になる。
「こっち、見ちゃう人は嫌いです」
そう言って、栞はベッドに入り、もぞもぞと動き、シャツとスカートをベッドから落とした。
あれ？ブラジャー、してないのか？
「栞、あのもしかして」
「私、ブラしてなかったんです、今日は」
という事はつまり、オイ！待ったぁ！
「抱いてもらいたくて、でも気づかなかったでしょう、祐一さんは」
たしかに、気づかなかった。だって春用のコートも羽織っていたしなぁ、栞は。
俺は栞の隣に服を脱いですべりこんだ。
「わたしは、チョキで勝って、チョコレートみたいな甘い時間をせがむ気だったんです」
何だ、栞、誘惑する気だったのか。ちょっと悪女になったな、お前。
そのまま、二人でゆったりとした時間を過ごす。
「祐一さん。そろそろ、お姉ちゃんが帰って来ますから」
おっとそうか。
二人で服を着て、部屋で向かい合う。
幸せで、照れくさい、ヘンな雰囲気だけど、決してイヤじゃない。
栞の笑顔に、やわらかく、甘えるだけではなく、甘えさせてくれる、いろけがにじみ出ている。
どれ位、経ってからか、玄関が開き、声が聞こえた。
「たっだいまー、アレ？男物の靴だわ」
「これ、祐一のだよー」
「ええっ、相沢くんの靴ぅ」
「うん、間違いないよ。うちの靴のラックに置いてあるんだもん」
「こぉらっ、栞ーっ！」
「祐一ぃ、いるのぉ？」
部屋に駆け込んでくる、俺の従姉妹とその親友。
なるほど、この二人が連れ立って出かける事もあって、家がガラ空きだった訳か。
「相沢くん、栞っ、二人とも…あ、あれ？栞、なんだか表情が、あ、ええっ！まさか？」
香織の表情が動かなくなった。
「どうしたのぉ、香織？へんだぉ〜」
「名雪、もう、私たちはこの二人にはあまり関わらない方が良いかもしれないわよ」
さすが、お姉さま、鋭いな。
一方、従姉妹は首をかしげて考えをまとめようとしている。
「二人が最近、仲が良いのは、あたしも知ってるよぉ」
どうやら鋭いのと鈍いのでバランスがとれているようだ。
さて、俺と栞はどういう組み合わせでバランスが取れているのだろう。
答えはわからないが、そのバランスが、ずっとずっと崩れずに続く様に出来る限りの事をしよう。
それが、わからないなりに、この俺、相沢祐一が出した答えらしき物だと思うから。
＜終＞