ぽかぽか

琴吹 邑   

 わたしは、ぽかぽかに包まれていた。

 前にこうやって、お風呂でお湯以外のぽかぽかに包まれたのは何時のことだったかなと、ぼんやりと考える。

 そうだ、あの時。7年前の冬。駅前で祐一を待っていて来なかった時のこと。


 わたしはずっと待っていた。

 夕暮れになって、夜が来て、雪がちらついても、わたしはずっと待ち続けていた。


「名雪」


 やってきたのは、祐一ではなく、お母さんだった。


「帰りましょう」


 私はその言葉にこくりと頷いた。


 お母さんが迎えにこなかったら、きっとわたしは倒れるまで、あそこにいただろう。



 寒さで冷え切っていたわたしを、お母さんはお風呂に入れてくれた。


 祐一が来てくれなかったことが悲しくて、寂しくて、お母さんにしがみつきながらお風呂の中で、いっぱい、いっぱい泣いた記憶がある。


 お母さんもお風呂もすごくあたたかったけど、心がすごく寒くて、ぶるぶるだった。



 身体はほかほかだったけど、心はぶるぶるだった。



 あの時泣いているわたしに向かって、お母さんが言った言葉を今でも覚えている。


「名雪、祐一さんを許してあげてね。祐一さんはすごくつらいことがあったの。

だから、今はそっとしておいてあげて。祐一さんがそのつらいことを乗り越えたら、きっと名雪の約束聞いてくれるはずだから、ね」



 わたしが今まで祐一のことを想っていたのは、お母さんのこの言葉があったから。


 お母さんは、わたしに嘘をついたことがないから。


 お母さんの言葉を信じていれば、きっと祐一はあの時の約束を聞いてくれる。


 もちろん、そんなのはわたしの独りよがりな考えだとわかってはいたけれど、わたしはずっと、祐一を待ち続けていた。




「名雪、そろそろあがろうか」

 その声でわたしは今の状態を思い出す。

 祐一に後ろから抱きしめられながら、お風呂に一緒に浸かっている。

 入浴剤の白く濁ったお湯がわたしの身体をぽかぽかにする。

 優しげにわたしを見つめる瞳がわたしの心をぽかぽかにする。



 ぽかぽか、ぽかぽか、ぽかぽかって……。



 お湯と祐一の二つのぬくもりに包まれて、わたしは心も身体もぽかぽかになる。



 ……ぽかぽかって、いいよね。



 わたしはその言葉に応えずに、湯船の中で身体を反転させて、祐一を抱きしめキスをする。


 不意打ちでしたキスに、祐一は少しびっくりしたようだけれど、キスで答えてくれる。


 結果として、そのキスは甘く長いキスになる。


 そのキスは、わたしの心の温度も身体の温度もあげて、わたしのことをあつあつにする。



 ぽかぽか、ぽっかぽっか、あつあつって……。



 名残惜しく祐一から離れて、わたしはキスの余韻に浸る。


 祐一とのキスがわたしの心と身体をあつあつにする。



 ぽかぽかもいいけど……あつあつも、いいかな。



 しばらくの間、わたしたちはお風呂の中で抱き合っていた。


 お風呂のお湯が、祐一の体温が、キスの余韻がわたしのことをあちあちにする。


 あつあつ、あっつあっつ、あちあちって……。


「本当にそろそろあがろうぜ。のぼせちゃいそうだ」、

「わたしはもうのぼせちゃったよ」


 少し心配そうにわたしの顔をのぞき込む祐一。そんな祐一の顔がすごく嬉しい。


「大丈夫か? じゃあすぐにあがって、水分とって冷まさないとな」


 祐一の優しさがわたしのことをあちあちにする。



 あつあつ、あちあち。もう、あっちあっち。



 祐一の言葉にわたしは微笑みながら言葉を返す。


「水分とっても駄目なんだよ。冷ますのはもっと駄目なんだよ」


 その言葉に祐一は首を傾げる。


「だって、わたしは祐一にのぼせてるから」


 そういって、もう一度祐一に不意打ちでキスをする。


「名雪。恥ずかしいこといってるぞ」


 お風呂で暖まってほんのり紅くなっている祐一の顔が、一瞬でさらに真っ紅に染まるのがかわいかった。


「いいんだよ。わたしは祐一のことが大好きなんだから」


 わたしは、照れて紅くなっている顔を見られたくなくて、祐一にぎゅっと抱きついた。


そっと抱きしめ返してくる祐一の身体もぽかぽかだった。



あとがき

今回テーマが発表される前に考えていたことが二つありました。
 一つは、ほのぼのとした話を書こう。
 もう一つはDNMLに挑戦してみよう。

 と、言うわけで、テーマはお風呂。
 お風呂が舞台だとどうしても、出てくる人は裸ですし、
 DNMLは速攻であきらめました。
 次にどういう話を書くかというときに考えたことは、
 まず、お風呂のイベントがある真琴の話は書かない。
 のぞき。温泉、銭湯はネタがかぶる危険があるので書かない。
 で、考えついたのが、栞×香里あるいは秋子×名雪がお風呂で語るという話でした。

 この話の最初の主人公は秋子さんでした。
 しかし、いろいろ書いていくうちに、テーマのお風呂から離れていっている気がして、 視点を名雪に変更。
 これもしばらく書いているうちに、秋子より、祐一のほうが、良さそうと言うことで、さらに方向転換して出来たお話です。

 自分が書いたにしては、甘く、柔らかいお話に仕上がったと思いますし、名雪もかわいくかけたと思います。
 当初の予定とはちょっと違って、ほのぼのというよりは、ダダ甘な話になったと思いますが、これはこれで、OKだろうと思っています。

 最後まで読んでくださって、本当にありがとうございました。


2004/8/15 Ver.1.00 完成



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