パラソルチョコレートを食べながら
ある晴れた日の昼下がりのことだった。
「ねぇ舞。チョコレート買ってきたんだ。一緒に食べよ」
そう言って、佐祐理は私に三本のパラソルチョコレートを握らせた。
私は佐祐理のその言葉にこくりと頷くと、ゆっくりとパラソルの包装紙を取り除く。
先っぽが折れないように、慎重に包装紙を取り除くと、円錐形に柄がついたパラソル型のチョコレートが顔をのぞかせる。
それをそっと口に入れ舌で舐めると、チョコレートの甘さと香りが口の中に広がった。
佐祐理も同じようにパラソルの周りの包装紙を取り除き、パラソルを口の中に入れる。
「美味しいね。舞」
私は再びこくりと頷く。
穏やかな日差しが降り注ぐ部屋で、のんびりとゆったりと時間が過ぎていく。
そんな時間の中で、佐祐理はパラソルを舐めながら、遠い目をして部屋の外に意識を向ける。
私も佐祐理と同じように外を眺める。
窓の外に広がるのは、いつもの町並みと抜けるような青い空。ただそれだけ。
そんな風景を見ながら、私は佐祐理のことを考える。佐祐理が遠い目をしているときは、決まって、弟さんのことを考えているから。
過去、自分の心に囚われていた私は、祐一に救い出してもらった。
現在、自分の心に囚われている佐祐理は、誰に救い出してもらうのだろうか。
それは、やっぱり祐一なのか。それとも私なのか。
できることなら、私が佐祐理のことを救い出したい。心からそう思う。
私は佐祐理から沢山の大切なものを貰っているから。
だから、私が佐祐理のことを救い出したい。心からそう思う。
思わずパラソルを噛み締める。パラソルはあっと言う間に砕け散り、ただのステッキに変わってしまう。
こんな風に簡単に、劇的に、物事を変えることができたら。口に広がる甘さを、少し苦い気持ちで飲み込む。
ちらりと隣に座る佐祐理を見る。
いつも笑顔を浮かべて、その他の感情を隠す佐祐理。その笑顔の裏側で、いつも泣いていることを私は知っている。たとえ、涙をこぼしていなくても。
その涙を取り除けない自分を、歯がゆく思う。
だから。せめて。私はいつも佐祐理のそばにいる。佐祐理が私の傍にいてくれたことで、どれだけ私が助けられたか。誰かが傍にいることで、ただ傍にいるだけで助けられることがあるということを、私は佐祐理に教えて貰ったから。
それを佐祐理にもわかって欲しくて、私はそっと佐祐理に寄り添う。
「ん？ なに？ 舞？」
窓の外を遠い目で眺めながら、佐祐理はのんびりとした口調でそう私に問う。
その言葉を聞きながら、私は二つ目のパラソルの包装紙を取り除き、佐祐理の口元にそっと持って行く。
すると、佐祐理は目をぱちくりとさせて、こっちを向いた。
「それ、舞にあげたんだよ？」
私はこくりと頷きながらも、パラソルを佐祐理の口に突きつける。
「くれるんだね。ありがと」
佐祐理は嬉しそうにそう言って、私のパラソルを口に含んだ。
「美味しいよ。舞」
そして、佐祐理はにっこりと笑った。
私はこくりと頷くと、最後のパラソルの包装紙を取り除き、口の中のステッキと交換した。
先ほどと同じ、チョコレートの甘さと香りが口の中に広がった。
「美味しい」
「まだ、いっぱいあるよ。食べる？」
そういいながら、佐祐理は袋からは何本かパラソルを掴みだし、そこから五本のパラソルを私に握らせた。
そして、自分の手に残ったパラソルの一本をとり、包装紙を取り除くと、先ほど私がしたのと同じように、パラソルを私の口元に突きつけた。
「さっきのおかえし」
私は銜えているパラソルが落ちないように気をつけながら、ゆっくりと口を開け佐祐理が差し出すパラソルを口の中に入れた。
「ほひひい」
「あははーちょっとお行儀悪いよ。舞」
そう笑いながら、そしてその笑顔に涙を隠しながら、佐祐理は私に優しい瞳を投げかけて、再び窓の外を見る。
そんな佐祐理を見て、私は改めて思う。
剣を無くした私はちっぽけで弱い存在だけど、私は佐祐理を守りたい。
笑顔の仮面の後ろに涙を隠している私の大事な親友を。
それが命を懸けることになっても。
そんな気持ちを伝えたくて、私は、ぎゅっと佐祐理の手を握る。
その私の気持ちを知って知らずか、佐祐理はいつもその手を小さく握り返す。
手を繋ぎながら私も再び佐祐理と同じ空を眺める。
そこに広がるのはやっぱり抜けるような青い空とゆっくりの流れる穏やかな時間。
ただそれだけ。ただそれだけの、ある晴れた日の昼下がりだった。
FIN
あとがき
パラソルチョコレートというのは不二屋が出しているというのを今回初めて知りました。
パラソルチョコレートを題材に決め、誰をメインにしようかと考えたときに、駄菓子は佐祐理が似合うだろうなと。
そこから、駄菓子を食べて少しブルーな佐祐理のそばにいる舞。というおはなしにしました。
2009/2/14 Ver.1.00 完成