エンジェルキス・フレンチキス

　その唇が、わたしの唇に触れる。
　乾燥して、少しざらついた唇。吐き出される息は、歯みがき粉の香り。
　わたしの唇に触れていたそれは、ちろりと、その隙間から舌をのぞかせた。
　そして、わたしの唇をゆっくりとゆっくりと撫でていく。濡らしていく。
「……ん……」
　唇を撫でられる感触に。思わず声が漏れる。
　しばらくわたしの唇を撫でていたその舌は、わたしの唇を通り抜け、今度はわたしの口の中を撫でまわす。
　舌が口の中を撫で、わたしの心を溶かしていく。
　舌が口の中を撫で、わたしのこわばりをほどいていく。
　祐一のそれはわたしの唇の裏や歯茎を撫でまわし、やがて、わたしの舌と絡み合う。

　交換される息。唾液。そして温もり。

　夢の中にいるような、すぐにでも消えてしまいそうな、そんな幸せがわたしを包む。
　私はその幸せを逃がしたくなくて、ぎゅっと祐一にしがみつく。
　それが伝わったのか、祐一もしっかりとわたしのことを抱きしめてくれた。
　密着する肌と肌。祐一の匂い。そして伝わってくる温もりと鼓動。

　高まる期待。

　その期待は、あっという間に膨れあがり、身体の中心に流れ込む。
　その期待は、わたしの思考を簡単に奪い、貪欲にそれを求めさせる。
　もう我慢が出きなかった。
　期待の内圧が限界まで高まったわたしは、祐一のそれを口の中から追い出した。
　暗闇の中、離れた唇と唇の間に、透明な橋が架かった。
「ゆういちぃ」
　祐一はわたしのその言葉だけで、何をして欲しいのか察してくれた。
　わたしに回した腕をほどき、そっとわたしを下ろした。
　離れる温もり。聞こえなくなる鼓動。途端にやってくる寒さ。
「ゆういちぃ」
　わたしはもう一度祐一を呼ぶ。その温もりが恋しいと伝えるために。

　そして……。


　そして、夜が明けた。

　カーテンの隙間から差し込む光で、わたしは目を覚ました。
　時計を見ると、もう少しでいつもの祐一が起きる時間だった。
　わたしはお布団から腕を伸ばして、目覚まし時計のアラームを止めた。
　眠ってる祐一。その寝顔を見ていると、わたしはすごく幸せな気持ちになる。
　昨夜と違う幸せな気持ち。
　お鍋でことこと煮込んだスープのような、温かい幸せな気持ち。
　この気持ちがわたしの中にある限り、もう、わたしがねぼすけになることはないだろう。
　祐一が隣にいてくれるから。祐一が私の傍にいてくれるから。
　祐一が私のすぐ近くにいて、温かい気持ちを運んでくれるから。もう、冷たい心をお布団で温めなくてもいいから。

　わたしは眠っている祐一のほっぺに軽くキスをして、口を祐一の耳元に持って行った。
　そして、あの言葉を呟くのだ。
　今はわたしの宝物になってしまった。あの目覚まし時計の代わりに。



「朝〜、朝だよ〜。朝ご飯食べて学校行くよ〜」

FIN

あとがき

あとがき

どうも、初めての人は初めまして、２回目以降の人はお久しぶりです。琴吹です。
無事今回も作品を提出することが出来ました。ちょっと遅刻しましたけど。
まあ、それはそれとして、今回のお題。「粘」
難しかったです。おはなし作るのにブレインストーミングとかしましたよ。
結果、リンゴ飴とか出てきて、これこれで面白そうだなあと思ったのですが、結局、粘膜からこんな感じのおはなしになりました。
らぶらぶなお話を書こうとすると、何故か名雪になります。他のキャラで書きたいと思わないんですよね。不思議です。

2009/11/15　Ver.1.00　完成