ふと、目が覚めた。
枕元の目覚まし時計に目をやると、午前５時を指していた。
いつもより１時間早い時間帯。すでにカーテン越しの空は明るい。カーテンの隙間から綺麗な青色が見えた。 今日はいい天気のようだ。
目の前ではエミリーちゃんが、すぅすぅと寝息を立てている。
いつもはベッドの隣で、お布団を敷いて寝てもらっているのだけど、昨日はあたしのわがままで、一緒のベッドに寝てもらった。
昨日、あたしの精神的体調が、あまり良くなかったから。
独りになりたくなかった。ひとりぼっちが嫌だった。胸の内に抱えているいろいろな感情が、吹き出しそうだった。
それをエミリーちゃんは察してくれたのか、何も言わずにうちに来てくれた。そして、私のわがままにも何も言わず、一緒のベッドで寝てくれた。
お休みなさいを言った後、誰かの体温を感じられる夜。
朝起きて目を開けると、誰かの息遣いを感じられる朝。
誰かと一緒にいられるのが、嬉しかった。それがすごくありがたかった。
独り暮らしをしているあたしにとって、独りぼっちがこの部屋の日常だから。
あたしは目の前で寝息を立てているエミリーちゃんを、じっと見つめる。
朝日と混じり合う金髪。長いまつげ。眠っている顔は、いつ見ても人形のようで。
あたしは、人形のようなエミリーちゃんを眺めているのが好きだった。
あたしにはない、綺麗さがうらやましくて。
そして、そのエミリーちゃんの寝姿を独り占めできている、この穏やかな時間が何となく嬉しくて。
あたしは枕元に置いてあった携帯を手に取ると、カメラモードに切り替える。
携帯のスクリーンにいっぱいに広がる、エミリーちゃんの寝顔。
スクリーンの中のエミリーちゃんのほっぺたをつつき、ぱしゃりとその寝顔を携帯に収める。
大好きな人の姿をこっそりと懐にしまい込む。ほんの少しの罪悪感と、それを大きく超える幸福感。
いつも隠し撮りをしている亜利沙さんの気持ちが、ほんの少しわかった気がした。
この隠し撮りした写真みたいに、エミリーちゃんのことを独り占めできたらいいのに……。
最近は、ぼんやりとそんなことを考えることも多くなっている。
いろいろなことに押しつぶされて、座り込んでしまいそうになるとき、心が凍えて動けなくなりそうなとき、最近のあたしは、エミリーちゃんを頼ってしまう。エミリーちゃんにそばにいて欲しいと、心から思ってしまうのだ。
本当は、一人で立ち上がらなければいけないのに……。本当は、一人で前に進まなければいけないのに……。
エミリーちゃんに対して、仲間の絆とは違う感情が、あたしの中に芽生え始めているのを実感する。
それは多分、育ててしまったらいけないモノなのだろうな。とは何となく思う。
だからといって、その感情をあたしは摘み取りたくなくて。
だからこの気持ちは、先ほど隠し撮りした写真みたいに、こっそりと胸の内にしまって、心の奥深くに隠してしまおう。誰にも見せないように。誰にも知られないように。
あたしは人形のようなエミリーちゃんを、じっと見つめながらそう、心に決めた。
かなりの長い時間、あたしは、エミリーちゃんをぼんやりと眺めていた。
エミリーちゃんを独り占めできる、ささやかな幸せを抱きしめていた。
しばらくして、あたしは小さく息を吐き出し、エミリーちゃんから視線を外す。
ぎゅっと目を閉じて、自分の体調を確認する。
昨日の夜抱えていたもやもやは、エミリーちゃんのおかげでだいぶ小さくなっていた。
少なくても、あたしがあたしらしく動けるくらいには。
昨日、エミリーちゃんは何も言わなかったけど、すごく心配してくれていた。
だから、今日はお返しに、エミリーちゃんを笑顔にしよう。
まずは朝ごはん。枕元の目覚まし時計に目をやると、午前５時４０分を指していた。
随分と長い間、エミリーちゃんを見ていたんだなぁと、自分のことながら苦笑する。
アラームが鳴らないように目覚まし時計に手を伸ばした後、あたしは静かにベッドを抜け出した。
今日はエミリーちゃんがいるから、白いご飯に、納豆、もやし炒めにお味噌汁。それに、ぬか漬けのお新香にしよう。冷蔵庫にあるものを思い返しながら、朝ごはんの献立を組み立てる。
今日も一日頑張ろう！ エミリーちゃんのおかげで、今は、あたしがあたしらしく動けるから。
あたしはいつものところにかけてあるエプロンをつけて、朝食の準備を始めた。
エミリーちゃんに、おいしい朝ご飯を食べてもらうために。
FIN
あとがき
このおはなしが、『林檎と撫子が共栄作物であることを証明する具体例』シリーズ外なのは百合色がかなり強いため。もしかしたら将来的に加わることはありかもしれません。