あたしが屋上のいつもの場所でひなたぼっこしながら台本を読んでいると、扉の開く音が聞こえた。
扉の向こう側から表れたのは、朋花さんだった。
朋花さんはあたりを見渡すとあたしを見つけて、ゆっくりとこちら方に歩いてきた。
そして、あたしの座っているところから3歩くらいのところで立ち止まった。
「おはようございます。ひなたちゃん」
「おはようございます。朋花さん」
普通では、おはようございますという時間ではないが、この業界では挨拶は常におはようだ。
「なんかあったのかい？ 朋花さん」
あたしは思わず、そんな言葉を朋花さんに投げかける。
朋花さんのおはようの言葉に、何となく不機嫌なオーラを感じたのだ。
「ひなたちゃん。立って、少しこちら側に来てもらっても良いですか？」
「いいけども、あたし、朋花さんを怒らすようなこと、何かしたかい？」
「いいえ、ひなたさんはなんにもしていないですよ」
すくなくとも、怒られることはなさそうだと判断したあたしは、立ち上がった。
「もうすこし、こっちに来てもらっても良いですか？」
朋花さんはその言葉と同時に３歩ほど後ろに下がった。
あたしはそれに合わせるように、3歩前にでる。
「ひなたちゃん。申し訳ないですけど、そのままでいてくださいね」
そう言って、朋花さんは、あたしの後ろに回り込んだ。
それから、朋花さんはしばらくの間、あたしを見つめていた。
あたしは朋花さんの意図が分からず、そのままでいてくださいという朋花さんの指示に従うため、に後ろを振り向くことも出来ず、
やきもきしながら、屋上から見える青い空を眺めていた。
「朋花さん？ どうしたんだい？」
朋花さんがあたしの後ろに回って、1分くらい経っただろうか？ あたしはしびれを切らして、朋花さんに声をかけた。
「ひなたちゃん。お願いがあるんです。これから私がすること、他の人に内緒にしてほしいのですけど……」
「朋花さんが何をしたいのか分からないけど、わかったよぉ」
「ありがとうございます」
朋花さんがそう言った直後、あたしは朋花さんに後ろから抱きしめられた。
「と、朋花さん？！」
朋花さんは、あたしの問いかけには答えず、そのまま、あたしを抱きしめ続けた。
「……朋花さん？」
２度目の問いかけにも朋花さんは返事をしなかった。
そのかわり、今までよりもほんの少し、強くあたしを抱きしめた。
最初は泣いているのかと思った。でも、朋花さんの息遣いは一定で、泣いているわけではないのがわかった。
次に、考えたのは、まつり姫さんが勧めてくれた少女漫画みたいに、朋花さんがあたしのことを恋愛的に好きになってしまって、感情が抑えきれなくなって、こんなことをしているということだ。
もし本当に朋花さんがそうだとしたら、あたしはなんて答えればいいのだろうか？ あたしはまだ恋のことは分からない。
ましてや女の子同士の恋愛なんて考えたこともなかった。もし、本当に、朋花さんがそうだとしたら……。
あたしはどうしたらいいか分からなくて、肩口から回された朋花さんの腕にそっと右手を置いた。
しばらくして、朋花さんの口から、漏れてきたのは、神様への祈りの言葉だった。
それからしばらく経って、あたしは朋花さんから解放された。
「ありがとうございました。ひなたちゃん」
あたしの正面に戻ってきた朋花さんをあたしはじっとのぞき込む。
少なくても、朋花さんからは、大好きという感情を殺して、あたしに向き合っているという感じはしなかった。
あたしに分かったことは、先ほどの不機嫌のオーラが吹き飛んでいた。ただそれだけだった。
朋花さんは感情を隠すのはうまい人だ。だからあたしの判断は間違っているかもしれない。
でも何となく、普段、ほとんどのことを独りで解決してしまう朋花さんが、あたしに甘えてくれたのだとあたしは感じた。
「ちょっこしびっくりしたけど、朋花さんのお役にたててよかったべさ」
「先ほども言いましたけど、この件は他の人に内緒でお願いしますね」
「わかったよぉ。朋花さん」
「ありがとうございます。ひなたちゃん」
２人でそう言いながらお互いに微笑みあう。
だけど。万が一、朋花さんが辛い感情を隠しているとしたら……。
だから、あたしは意を決して、朋花さんに尋ねる。
「朋花さん、聴いてもいいかい？ なして、急にあたしのこと抱きしめたんだい？」
あたしは朋花さんの表情を見逃さないようにじっと朋花さんの目を見つめる。
「朋花さんが、もし、あたしに恋愛感情を持っているのだとしたら、あたし、真剣に考えなきゃいけないと思っているんだけど……」
その言葉聞いた朋花さんは、ほんの少しびっくりしたような表情を浮かべると、にこやかに笑いながら、あたしに理由を説明してくれた。
「ひなたさんとなら、浄化出来ると思ったんですよ。星梨花ちゃんにちょっとたちの悪いのがくっついたいたので、引っぺがしたのは良かったんですが、思っていたより力が強く、私の力だけでは浄化できなかったんです。それでひなたさんに手伝ってもらったんですけど、無事浄化できました」
「浄化？ ……って えぇ！？ もしかして、幽霊かい？」
「幽霊。まあ、そうですかね。今回の場合は幽霊というより呪いのようなモノでしたけど」
朋花さんに話を聞くと、いままでも、こういった除霊作業みたいなことはこっそり行っていたらしい。
今回は独りでは除霊できない位の大物に当たってしまい、シアターのなかで、２番目に守護霊の力の強いあたしに助力を求めたと言うことだ。もっとも、あたしはただ、朋花さんに抱きしめられていただけだったけれども。
「ひなたさん。また、お願いできますか？」
「わかったよぉ」
あたしは、朋花さんのその言葉で、控え室から屋上に向かった。
このことがあって以来、2ヶ月に一回くらいの割合で、あたしはみんなに内緒で、屋上で朋花さんに抱きしめられている。
FIN
あとがき
朋花に特殊能力つけるのはどうかなと思いつつ、合法的にひなたにドギマギしてほしいという思いで書いたおはなし。
劇場で一番守護霊が強いのはこのみさんの設定です。
このおはなしのあとのひなたに甘えるのが癖になった朋花を書きたいなあと思いつつうまく形になりません。