ひなたさんの小悪魔的いたずらの記録

「ひなぴー」
「なでしこ」
「トリックオアトリート!」
「お菓子をくれないと、いたずらしちゃうぞー」
 仮装をしている亜美さんと真美さんが私とひなたさんに、 ハロウィンのあの言葉を口にする。
「真美センセーと亜美シショーのいたずらはちょっとおっかないねぇ」
 ひなたさんはそう言いつつもニコニコしながら、ハロウィン柄の小袋に入っている林檎のクッキーをお二人に渡す。
「はい、これは、あたしと、エミリーちゃんからね」
「ぐぬぬ、ここでもいたずらはお預けか」
「残念。まあ、その分お菓子もらえるから良いけどね!」
口では悔しそうな言葉を出しつつも、その実、笑顔を浮かべているお二人。
「じゃあ、我々2人は新たな犠牲者。もしくはお菓子求めて旅立つのだ!」
「またね。ひなぴー。なでしこ」
 私とひなたさんはその言葉に微笑みながら手を振った。

「真美センセーと亜美シショーが一番遅いとは思わなかったねぇ」
 ひなたさんはそういつつ、準備していたお菓子の箱をのぞく。
 2人で120枚+αを焼いたクッキーは、2枚ずつ袋詰めしたので、60個、3つだけ残して完売となる。
 +αは2人のおやつとして抹茶のクッキーを焼いたのだけど、それは当然ここには含まれていない。
「後、配っていない人は社長さんと、小鳥さんだけでしたよね」
「そうだねえ。あの2人は事務所の方だからねえ。詩花さんにもあげたし、確か後、配っていない人はいなかったよねえ……」
 そう言いながら、ひなたさんは右拳をこめかみに当てながら首をかしげる。
 その格好で、しばらく固まっていたひなたさんは、急に何かを思いついたか、私の方を向いて言った。
「ねえ、エミリーちゃん。残りの2つはあとで、事務所に持っていくとして、最後に残ったクッキー、あたしがもらってもいいかい? ちょっと、やりたいことを思いついたから」
「やりたいことですか? いいですよ」
 こういうとき、ひなたさんはだいたい自分では引き取らず、年下の子に配ることが多い。
 なので、自分で欲しがるのは少し珍しいなと思いつつ、私は気前よく最後に残ったクッキーを、ひなたさんの手に乗せた。

「ありがとう。エミリーちゃん。ところで、今日はハロウィンだね?」
「え? ええ、そうですけど……」
 ところでもなにも、今の今まで、ハロウィン用のクッキーを2人で配っていたではないか。
 ひなたさんは、どういう意図でそれを言っているんだろう?
 ひなたさんの意図が分からず、私はひなたさんをきょとんと見つめる。
「エミリーちゃん。トリックオアトリート! お菓子をくれないといたずらしちゃうべさー」
「え!?」
 私は、ここで初めてひなたさんの罠に気が付いた。
 ひなたさんは、私にその言葉を言うために、わざわざ、最後のクッキーを自分で欲しいと言ったのだ。 
 私にいたずらをするために。
「ひなたさん、お菓子かいたずらか! お菓子をくれないといたずらしちゃいます!」
 私も対抗して言ってみたが、先ほどの林檎のクッキーを手渡された。
「この焼き菓子は、2人で万聖節前夜祭用に作った焼き菓子なので、受け取りを拒否します」
 ひなたさんのいたずらに、私は小さく抵抗する。
「あらら、残念。受け取り拒否されちゃったかい。しょうがないね」
 ひなたさんは私の言葉にちっとも残念ではなさそうに、ニコニコしながら言葉を続ける。
「ところで、エミリーちゃん確認だけど、受け取り拒否の理由は、2人でハロウィン用に作ったクッキーだから、てコトで言いかい?」
「はい」
「そうかい。じゃあ、これなら大丈夫だね」
 そう言ってひなたさんは、スカートのポケットから、林檎のクッキーと同じように包まれた何かを取り出した。
「これは?」
 おもわず、小袋をひなたさんから受け取り、中をのぞく。
「林檎のクッキーを作るときに一緒にその日のおやつとして焼いた、抹茶のクッキーだよ。今日、エミリーちゃんにあれを言われたら、渡そうと思って、とっておいたんだぁ。受け取り拒否の理由は、2人でハロウィン用に作ったクッキーだからだったよね。これは、作った日のおやつとして作ったクッキーだから、大丈夫だよね?」
「う……。大丈夫です」
まさか、別のところからお菓子が出てくると 思わなかった私は、不承不承ながらも、抹茶のクッキーを受け取らざるを得なかった。
「これで、エミリーちゃんの方は解決だね。それでは、改めて、エミリーちゃん。トリックオアトリート! お菓子をくれないといたずらしちゃうべさー。エミリーちゃんがさっき受け取り拒否したから、あたしも林檎のクッキーと、抹茶のクッキーは受け取りを拒否するね」
 ひなたさんにしては珍しい、少し意地悪な笑いを浮かべながら、ひなたさんは、私にいたずらするぞと最後通告を行った。
 お菓子かいたずらかを問われて、改めて、ポケットの中を探ってみたけれど、ポケットの中にはハンカチとちり紙しか入っていなかった。
「何も持っていないです」
「じゃあ。いたずらさせてもらうね。エミリーちゃん。目をつむってくれるかな?」
「しょうがないですね」
 私はあきらめて、ひなたさんの指示通り、目をつむる。
 いたずらするといっても、ひなたさんだ。身体に被害のない、可愛いいたずらだろう。
 でも、目をつむらせたということは、顔に落書きくらいは覚悟しないとダメかもしれない。
 そんな事を考えながら、ひなたさんの行動を待つ。
「目つむったかい? いいっていうまで、目開けちゃダメだからね」
「はい。つむってます」
「それじゃあ、いくよ」
 次の瞬間、柔らかく温かいものが上下の唇に触れた。
「え?」
 その感触に思わず、手を唇に持っていく。
 目を開けると、ひなたさんは本当にすぐ目の前にいて……
「ひなたさん、今、何をやったんですか?」
「いま? いたずら!」
 そう言ったひなたさんは、今まで見たことがないような小悪魔のような微笑みを浮かべていた。

FIN


あとがき

林檎と撫子が共栄作物であることを証明する具体例その4
ハロウィーンでエミリーにいたずらするひなたが書きたくて書いたお話。
ちなみにキスはしていないです。


2019/10/31 Ver.1.00 初稿完成
2021/03/12 Ver.1.01 あとがき追加