「未来。約束のモノ、買って来たぞ」
あたしがシアターの控え室の隅に置かれている植木に水をあげていると、プロデューサーのそんな声が聞こえてきた。
「ええっ？ 本当に買ってくたんですか？ えっと、……ありがとうございます」
少し戸惑った顔をしてプロデューサーから、何か包みをもらう未来さん。
あたしはそれを見て首を傾げた。
未来さんの誕生日はもうずいぶん前に過ぎている。先日、可奈ちゃんの誕生日を祝ったばっかりだ。
「女の子だし、アイドルなんだから気を付けろよ。狙われたら、すぐに雑誌に載せられちゃうぞ」
「わかってますよ。あの時はたまたまです。普段は気を付けてるんですから」
「本当に気を付けているなら、俺はこんなものを買わなくてもいいはずなんだけどなあ」
「もう、プロデューサーさんのいじわるっ！」
そう言いながら、未来さんは少し顔を赤くして、ほっぺたを膨らませる。
その顔を見て、苦笑いを浮かべるプロデューサー。
「本当に気を付けろよ」
その後、未来さんの目をのぞき込んで、プロデューサーは言い含めるようにそう言った。
「はーい。気を付けます。スパッツありがとうございました。私、静香ちゃんと約束があるので行きますね」
そう言って、未来さんはスパッツの入った袋を大切そうに抱え、最後にあたしに向かってひらひらと手を振って、控え室から出ていった。
あたしは同じように、ひらひらと手を振り返しながら出て行く未来さんを見送った。
誕生日でもなんでもない日にプロデューサーからプレゼントをもらったんだ。ちょっこしうらやましいかも。と思いながら。
あたし以外誰もいなくなった控え室で、プロデューサーがぽそりと呟く。
「ほんとに気をつけてくれればいいんだけどなあ」
その言葉の言外に『でも未来さんだから、多分ダメだろう』という気持ちがこもっているのがあたしには伝わった。
「プロデューサー。未来さんにスパッツをプレゼントしたのかい？」
「え？ ひなたか。 もしかして……いまの聞いてた？」
あたしの顔を見るなり、プロデューサーはミスをしたという表情を浮かべる。
「盗み聞きするつもりはなかったべさ。あたしは最初から、ここで植木に水をあげてたし」
「あちゃ〜。もっと周囲を確認するべきだったか」
いてほしくなかったと言外に言われて、ほんのちょっと心がささくれ立つ。
「プロデューサーにそんな風に言われたら、ちょっと悲しいべさ」
そう言いがら、あたしは持っていたじょうろを、ゆっくりと机の上に置いた。
「いや、ごめんごめん。今の未来とのやり取り、内緒にしてくれないか？ あまりいい話じゃなくてさ。頼むよ。ひなた」
そう言って、プロデューサーはあたしのことを軽く拝む。
「プロデューサーが内緒にって言うなら、誰にも言わないけど……。なして、未来さんにスパッツをプレゼントしたんだい？」
なんでもない日にプレゼントをもらう未来さんが、ちょっこしうらやましい。そんな風に思っていたあたしは、ついそんな質問をしてしまった。
「あー……。いや……、あの、未来がな。いろいろあって、何度か俺にパンツ見せてるんだよ。それで、見かねてスパッツをプレゼントしたわけ」
「なるほどねえ。未来さんもちょっとお転婆なところがあるもんね。雑誌に載せられちゃうっていうのも、理解できたべさ」
その言葉でプロデューサーは少しほっとした顔をする。そのほっとした顔に、なぜか再度心がささくれ立った。
なので、あたしはほんの少し、プロデューサーに意地悪な質問をする。
「ねえ、プロデューサー？ 他にスパッツをあげたい人は、どれくらいいるんだい？」
「え？ ……そうだなあ。……杏奈と百合子かな。あの２人は読書なりゲームなりに没頭するから、結構見えてるときあるんだよなあ」
「環ちゃんはどうだい？」
「そうだなあ。環もそういえばよく見えてるなあ。環とか昴は短パンの奥からちょっと見えたり、はみ出ししてたりすることが多いんだよな。でも、あの２人はスパッツ渡してもはかないだろうしなあ」
プロデューサーは、あたしの罠に綺麗に引っかかってくれた。
思ったより具体的な言葉が返ってきちゃっため、あたしはプロデューサーが男の人なんだということを、改めて認識する。
「プロデューサーも男の人なんだねぇ。……アイドルのえっちなところよく見てるべさ。風花さんのとか、あずささんのもよく見てるし……」
あたしはそう言いながら、プロデューサーから一歩遠ざかる。
「未来さんのことは約束だから言わないとしてしても、杏奈ちゃんたちことは、このみさんに通報するべきかねえ」
そういって、ポケットの中のスマホを取り出す。
「待って待って待って、ひなたさん。口が滑ったのも内緒にしていただけないでしょうか？」
プロデューサーが、本当に焦った声であたしに懇願する。
もちろん、最初からこのみさんに言うつもりもないし、たくさん困らせるつもりもない。ほんの少しプロデューサーに意地悪したかっただけだ。
「ねぇプロデューサー。あたし、今日下宿のおばさんがお出かけしていて、晩御飯ないんだわ」
「何でも好きなものをご馳走します」
「ほんとかい？ 悪いねえ、プロデューサー。プロデューサーがそこまで言うなら、内緒にするべさ」
「ありがとう、ひなた。助かるよ」
プロデューサーがほっとした表情を浮かべる。
シアターのアイドルのほとんどが、プロデューサーに多かれ少なかれ心を許しているとはいえ、さっきの発言がプロデューサーの口から飛び出したとわかれば、ひと悶着起こることは間違いないだろう。
あたしは劇場内にトラブルを起こしたい訳じゃない。かといって、プロデューサーの発言を聞いた以上、女の子として、このまま放置するわけにもいかない。
「プロデューサーが言ってたこと、あたしが見たことにして、このみさんに注意してもらうことにするわ。それでいいかい？」
このみさんに通報する意思がないことをプロデューサーに見せるため、あたしはスマホをポケットの中にしまった。
まあ、もともとこのみさんに通報するつもりは、これっぽっちもないのだけど。
「ああ。そうだな。そうしてもらうとありがたいよ」
プロデューサーの本当に安心した笑顔を見て、あたしはあともう少しだけ、本当にあと少しだけ、プロデューサーに意地悪をしたくなった。
「ところでプロデューサー。あたしもパンツみせたら、プロデューサーにスパッツをプレゼントしてもらえるのかい？」
あたしはそう言いながら、そっとスカートの裾に両手を伸ばした。
FIN
あとがき
ひなた誕生日おめでとう！
ものすごい久しぶりにお話書きました。
ずっとずっとひなたのお話書きたいなと思っていて、なかなかかけなくて。
自分はひなたPなのですが、ひなたって自分の中であまり誰かと一緒にいるイメージじゃないんですよね。
もちろん邪険にされるわけではなく、みんなからメンバーとして認められているけど、その人にとっての一番は別にいるみたいな感じ。シアターでは結構疎外感感じているんじゃないかなあとか心配になります。
今回のお話は、稜乃さんの『進行未来のイディオット』を読んだ時にネタが浮かんで、
お話を書き始めて、書いてる途中で、第0回 ミリマスSS交流会の開催を知ってという流れで出来たお話です。
やっぱり、こういった交流会のようなモノがあると参加するためにお話を書こうという気になりますね。
考えてみたら、新しいジャンルのお話を書くきっかけはいつも投稿系のイベントだったような気がします。
ひなたは純朴な女の子として描かれますが、個人的には、嫉妬もするし悪戯もするそんな普通な女の子としてかけたので今回かけて良かったなあと思います。
今後も続けてひなたのお話を書いて行けたらなあとは思っています。出来るかは分かりませんが。