確信は休み明け

「じゃあ準備も整ったし、電気消すね」
　夜も更けてきてお風呂も上がり、アタシは悟さんと一緒にいた。　
　ゴールデンウィークにご両親が二人とも家にいないとかで泊まりに来ていて、これから一緒に寝るところだ。
「あー……今更だけど本当に良いのか？」
「え？」
「いや……ほら葵は女の子で、俺も一応男なワケで……身の危険とそういう……」
　その言葉で胸の中が温かくなってくる。それは悟さんが、ちゃんとアタシのことを年頃の女の子として、恋人候補として見てくれているということだから。
「早朝格ゲーには必要だから。でも、ちゃんと女の子扱いされてるの嬉しいな。大丈夫だよ。悟さんのこと信じてるし」
　一緒に寝るといっても、もちろん一緒のベッドに寝るわけではない。アタシは自分のベッドで、悟さんは床に敷いた布団に寝る。本当にただ一緒の部屋に寝るだけのことだ。　
　もちろんアタシの方から一緒のベッドで寝る？　と誘えば、状況は変わるかもしれないけど、さすがにそれはちょっと恥ずかしくて口には出せなかった。何となく手持ちぶさたで、近くにあった枕を抱きしめながら言葉を続ける。
「それに、中学二年生に手を出したら、例の疑惑から『疑惑』とれちゃうでしょ？」
　もしそういうことを言ったとしても、悟さんを困らせるだけなのはわかってるし。うん、悟さんを困らせるだけなのはわかってるし。
「そうだよな。ＯＫ刻んだ。脳に」
　悟さんは本当にしっかりした口調でそう言った。その言葉をちょっと残念に思えるアタシがいた。
「それじゃあ、電気消すね」
　そう言ってアタシは照明のリモコンを押し、灯りを常夜灯に切り替える。
「それじゃあ、おやすみなさい」
「おやすみ、葵」
　本来ならそこでその日は終わるはずだった。あとは二人ともおとなしく夢の国に行って、次の日、目覚ましを合図にラウンド１ファイトなはずだった。
　はずだったんだけど、だけどその日はまだ終わらなかった。

チッ、チッ、チッ、チッ、チッ、チッ、チッ。
スゥ。スゥ。スゥ。

　薄暗い部屋の中で聞こえるのは時計の秒針を刻む音と、悟さんの寝息。
　悟さん、本当に何もしないのかな？と横目で悟さんを伺う。
　食事の時に、『アタシの部屋に泊まらない？』と言った。
　あの時は、ただ悟さんと遅くまでゲームをやって、朝起きたらやっぱりゲームをやって、そうやって遊ぶ事ができたら、素敵だなって純粋に思っていたし、それ以外の事は何も考えていなかった。
　でも、いざ本当に一緒に寝ようと思った時に思った事は、一緒に寝るって実はかなり冒険だったんじゃないかなという事。
　さっきは『信じてる』と言ったけど、アタシはあの時すごいどきどきしていたのだ。
　当然悟さんには内緒だけど、アタシはそうなったらそれでも良いかなと思っていたから。
　だって、それは普段あまりアタシに対して、恋愛感情を出してくれない悟さんが、暴走するくらいアタシに恋愛感情を向けてくれると言うことだから。
　でも、悟さんにそういう気配はなく、スゥ。スゥ。スゥ。と規則正しい寝息を立てている。
　かわいらしい寝顔。格ゲーやってる時のような真剣な眼差しもいいけど、こんなかわいらしい寝顔もいいなとちょっと思った。
　男の人にこんなこと言ったら怒られちゃうかもしれないけど。
　でも、かわいらしい悟さんの寝顔を見ていると、自然に目じりが下がってしまう。心がほんわかと温かくなる。それで、あたしは悟さんのことが大好きなんだなと、改めて自覚した。
　こうやって、好きな人の寝顔を見てるのってなんか良いなあ。そんな風に思いながら、アタシはずっと悟さんの寝顔を見つめていた。


　かちゃり。
　暗闇の中で扉が閉まる音がした。
　悟さんの顔を見ていたアタシは気がつくと眠っていた。でも、その音で意識がほんの少し覚醒する。
　悟さんトイレかな？とほとんど眠っている頭で考える。でも階段降りる音しないし、どうしたんだろう？
　気になって、目を閉じたまま悟さんの気配を探る。
　悟さんはゆっくりと近づいてきて、ベッドの中のアタシをじっと見つめているようだった。
　どうしたんだろう？　アタシが夢見心地でそう思っていると、悟さんの雰囲気が少し変わったのがわかった。
　悟さんは何かを決意したかのように、私に顔を近づけてきた。
　え？　アタシはその行動に驚き、そこで、完全に覚醒した。
　この時なら、アタシは悟さんの行動を止められた。
　アタシが目を開ければ、悟さんは驚いて、今しようとしていることをやめるだろう。
　それがわかったから、アタシは目を開かないように努力した。　そして、不自然に目を瞑らないようにも。
　目を開かないように。不自然に目を瞑らないように。悟さんに起きていることを気づかれないように気をつけながら、悟さんが何をしようとしているのか気配を探った。
　それはすごく短い時間だったけど、アタシにとってはとっても長く感じる時間だった。
　悟さんはのぞき込むようにアタシの顔を見つめた後、そっとアタシの髪にキスをした。
　アタシには、それがちょっと信じられなかった。
　あれほどしっかり、脳に刻んだとまで言ってたのに、『疑惑』が取れるようなことをするとは思ってみなかったから。
　でも、アタシにとってはそれはそれでしかない。悟さんの疑惑が取れてしまおうが、アタシのことを好きでいてくれて、そう言う行動を取ってくれるのはやっぱり嬉しかった。
　悟さんがなんだか、布団の中で、ごろごろしているのを横目で見ながら、これって夢なのかなあとぼんやりと考えていた。



　ジリ・がばっ・バン！
　目覚ましの音が鳴った瞬間、二人とも飛び起き、悟さんは目覚ましのベルを止め、アタシはPS3の電源を入れる。
　いつものロゴマークが出て、ＲＯＭの読み込みが始まる。
　「しまった、今から電源入れても即バトルにならん！！」
　「明日！！　明日リベンジしよ！！」
　そんな賑やかな朝がやってきた。
　しばらくして画面にタイトルロゴが浮かび上がる。じりじりとしながらキャラ選択画面に切り替え、キャラを選ぶ。
　そして、『ラウンド１ファイト！』　その言葉とともに、アタシは悟さんに回し蹴りを繰り出した。その蹴りを悟さんは左腕でガードする。
　悟さんはすぐさま肘でカウンターを狙うが、アタシはそれをスウェーで回避した。
　いつもとかわらない悟さん。いつもとかわらないゲームの時間。
　夜の出来事が夢じゃないと、アタシが確信を持つには、まだ少し時間が必要だった。

あとがき

このお話は６巻第４４話「自戒」〜「起動」の葵視点のおはなしです。
初家族ゲームは葵になりました。書き始めたときに小学４年じゃあ、恋愛感情どういう風に書いたものかなと思ったのですが、この時の葵ってすでに中学１年生なんですよね。
このお話は琴吹が書いた話のなかでも随一を誇る甘さでした。途中甘すぎて書くのめげちゃいそうでした。
2chとかでみる○○がかわいすぎて生きるのがつらいとはこのことかと、書いていて思いました。
次回は３巻辺りの決心する葵とかかけたらいいなとか考えています。真言のおはなしは７巻出てからですかねえ。スイッチが入りきったら色々書けそうな気がします。真言はこれから加速度的にかわいくなっていくんですよねえ。７巻が楽しみです。

2011/01/01　Ver.1.00　完成